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「世界の結婚式」中央アジア編〈国際文化学園オープンカレッジより〉

中央アジアはアジアとヨーロッパをつなぐ

 結婚式は国によって考え方、習慣はさまざま。しかし、宗教、思想にかかわらず、結婚式というものが存在しない民族はなく、その国の文化を知るには、結婚式を見ることが一番の早道という視点があります。

 国際文化学園(平野徹理事長)は国分寺市、国分寺市教育委員会、国分寺市社会福祉協議会の後援で、毎回、地域の人たち350人を招いて、社会貢献事業の一環として、およそ半年に1回のペースでオープンカレッジを実施しています。第20回目のオープンカレッジ(2010年10月30日開催)は国際文化理容美容専門学校国分寺校で開かれました。

 テーマは「世界の結婚式1」。結婚式と民族中央アジアの結婚文化について探るという内容で、第1回目に中央アジアに焦点を当てたのはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教といった宗教の出発点で、ヨーロッパとアジアをつなぐ重要な役割を果たしてきた場所との考えからです。

 その興味深い内容オープンカレッジ当日の模様と一緒にご紹介しましょう。

「戦の砂漠に咲く花〜イスラムの考え方、結婚観」

 第1部は中央アジア・ウズベキスタントルクメニスタン、アフガニスタの3カ国をシルクロードを通して解説に当たったのは、佐竹弘靖専修大学ネットワーク情報学部教授。「戦の砂漠に咲く花〜イスラムの考え方、結婚観」と題し講演を進めました。   以下は、佐竹教授の講演内容(抜粋)です。


佐竹弘靖教授

 シルクローは中国の西、新彊(しんきょう)ウイグル自治区に位置するタクラマカン砂漠あたり(敦煌や楼蘭、高昌故城が有名)や、『大西域記(だいとうさいいき)』を著した三蔵法師などを、思い浮べる人が多いはずです。

 しかし、今日ではシルクロードはユーラシア大陸全土を横断し、西はローマから東は奈良までユーラシア大陸全土を横断するばかりではなく、日本海をも越えてつながっているのが常識となっています。

 シルクロードと聞いて、に浮ぶイメージは平山郁夫先生の『シルクロードを行くキャラバン』のように、隊列を組みながら、ラクダの背に絹などの交易品を載せ、自らもその背に揺られながら月を旅する様子を思い出されるのではないでしょうか。ラクダと共にはるか彼方の都市を目指して歩く道のことを別名「ステップ・ロー(草原の道)」とも呼びます。

 古来から交易の主となっていた道です。このユーラシア大陸を横断してつながっていた道には、南北からの文物や人物の交流も盛んであったことが、今日では認められており、北はロシアから南はインドと幅広い視点から、シルクロードは語られるようになってきました。その証拠に、今では「海のシルクロード」など、ステップ・ロード意外の交易路でもシルクロードという言葉が使われるようになりました。


第2部で披露された新郎・新婦の婚礼衣装

 今回は《絹の道》として最初に登場した陸に注目し、その中でも中心として栄えた都市サマルカンドやブハラがあるウズベキスタン共和国や、これまであまり知られることのなかったトルクメニスタンなどの文化や風習など、私のフィールドワークの経験も含めお話ししていきます。

 今日の中央アジアは1991年12月25日、ミハイル・ゴルバチョフ大統領の辞任からソビエト社会主義共和国連邦が消滅しカザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、タジシスタンに分離した。人口は5100万人で100以上の民族で構成されている。今回チョイスしたのは次の3国です。

ウズベキスタン(正式名称=ウズベキスタン共和国/首都:タシケント 人口:2660万人)
○旧ソビエト連邦の構成国であったウズベキスタン・ソビエト社会主義共和国から1991年に独立した。
○ウズベキ人が約75%で圧倒的に多いが、ロシア人、タジク人、カザフ人、タタール人などの他民族国家。
○中央アジアの中では天然資源に恵まれていることもあり、経済的比重が高いとされている。

トルクメニスタン(正式名称=トルクメニスタン共和国/首都:アソガハート 人口:480万人)
○国土は広が、ほとんどがカラクム砂漠。ウズベキスタン同様、かつてはソビエト連邦の構成国。
○圧倒的に多いトルクメイン人のほかロシア人、ウズベク人、カザフ人らで構成される民族国家。
○世界第4位の埋蔵量を誇る天然ガスなどの地下資源保有するため、国民は大変裕福であるとされるが、独裁国家としても知られる。

アフガニスタン(正式名称=アフガニスタン・イスラム共和国/首都:カブール 人口:2990万人)
○他民族国家でパキスタンに多く住むパシュトゥン人、トルコ系のウズベク人、ペルシア系のタジク人など多彩であり、生活も文化もそれぞれ微妙に異なっている。人口の約半分を占めるのはパシュトゥン人で、それに続くのがタジク人。
○服装も、民族や地域、階層によってさまざまです。

 佐竹教授はこれらの国の結婚形式について語りましたが、「中央アジアの北朝鮮」といわれるトルクメニスタンでは、「結婚した女性は家から外に出られない」といった習慣も紹介しました。

 まとめとしては、中央アジアの19世紀までの形式としての許婚は、女性の意志はかんがみられない。女性をめとるには婿側は相手家族に金銭や家畜などの婚資を支払わなければならない。個人の感情より婚資の必要性を重視され、支払えない場合は「誘拐婚」といった形式を紹介し、最後はシルクロードの教えとして「来る人がすべて客人である」と講演を結びました。

新郎・新婦の結婚衣装と風習


オープンカレッジ参加者も興味津々

 第2部では、NPO法人イーグル・アフガン振興協会の江藤セダカ理事長が新郎・新婦の結婚衣装を紹介しました。

 モデル役を務めていた日本・アフガニスタン協会のファルタ・アーセフィ理事は「私はアフガンの北部の出身で、皆で平和で共存した時代があったのですが、いまだに戦争に終わりがないのは残念なこと」とのメッセージを添え、「どの民族でも女性に選ぶ権利はなかった。両親が決めたことに対して女性が合意」と前置きして、結納金から結婚式までは新婦の家で行われ、その費用は新郎が負担すること。式は夕方から深夜まで行われるが、式には招待状がなくても出向くのが普通で、車を花で飾り街を1周することもあると紹介。

 新郎・新婦は証人を立て、コーランに手を置いて誓いの言葉を述べますが、場合によってはその時に始めてお互いの顔を見るケースもあるとそうです。日本と異なって、お祝い金の習慣はありませんが、女性のために宝石などの装飾品を持参する……など、現在の結婚式を紹介しました。

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