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なぜ美容業界は社会保険に加入が困難か

格差社会のプア族が美容師…なり手がなくて当然

 格差社会がますます厳しくなる昨今。少し前の話ですが経済誌で職業別の「給料比較」が掲載されていました。その記事によれば、100種類の推定年収ランキングで理美容師は90位台。平均年齢28.5歳で年収266万円とは何ともなさけない。同年代では60位台のプログラマーが29.3歳で401万円、やはり60位台につけた理学療法士が29.5歳で395万円。両者の6割がやっととは。

 修業に1〜2年もかかり、長時間労働で、しかも立ち仕事。給与も最低賃金法ぎりぎり。都心の人気美容師のサロンに勤めると月給も12万円〜13万円と聞くと、なおさらなさけない。

 その上、社会保険(厚生年金&健康保険)にも、雇用保険、労災保険にも加入なしは仕方がない。短期間で退職して当たり前。よほど美容の仕事が好きな人にしか勤まらない。

卒業生の2割しか美容室に就職せず、半年あまりでわずか1割!

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 以前、数校の美容学校の先生からお話をうかがいました。ある先生は「免許取得者の40%がサロンに面接に行き、半分の20%が就職した。生徒全体の2割しか美容室に就職しなかったことになります。そのうち8月以降で残っているのはまた半分、1割です。これから先の美容室はどうなるのでしょうかね」

 そこで私は「試験まで受けて80%の生徒がなぜ就職しなかったのですか」と質問しました。

 「求人誌や学校への提出があった求人票を親子で見て(ここが問題。親の目も求人先に向いている。特に男子が多いと聞く)、社会保険(厚生年金、健康保険)、雇用保険を先ずチェック。この社保3点セットに加えて労災保険(最近では自転車、バイクの通勤者が増加)に加入しているのは、求人サロンの1〜2%しかないのが現状です。

 その上、社保完備サロンがあっても、通勤時間が1時間とか2時間では選ばれない。また、給与が17万円以下のサロンが圧倒的に多く、長い営業時間なのに交代制と書いていない。12時間勤務と間違える。おまけに先輩から12時間働かされたという情報も入ったりします。よほど評判の良いサロンしか選ばれないのです」。

 「では80%の人たちはどうしたのですか?」

 「半分の約40%は最初からエステサロンやネイルサロン、フェイシャルサロンなどに就職しました。こちらも社保完備は少ないのですが、美容師の資格があると初任給が少なくとも25万円ですから、美容室とは比較になりません。女生徒の親なんか『こっちの方があなた自身もキレイになるし、お給料も良いし、チェーン店も家の近くだし安心だから、ここにしなさい』。こんな話は山ほどあります」

 「では美容室(20%)&エステ関連(40%)、これ以外の40%の人たちは」と質問を続けると。

 「10%の生徒は試験に落ちてエステに。20%は、たとえ試験に受かっても他業種に就職するか、ニートとかさまざまで、10%は最初から免許を取るだけで、働く意志のない人です」

 「それでは、美容学校は何のためにあるのでしょうか。10%の人のために」

 この質問には、回答が得られませんでした。ここにも大きな問題があるようです。

社会保険完備には1人当たり月60〜70万円の売り上げが必要

今度は、美容室の経営者から、社会保険について訊かれたこと、答えたことを書いてみます。

1・社会保険ってナニ? 聞いたことがないし、知らなかった。私もらってないけど

 あなたと従業員が国に蓄えるものです。社会保険とは厚生年金と政府管掌健康保険(それに準ずる健康保険=東京都、大阪府は理美容組合の健康保険、東京化粧品組合の健康保険など)で、企業法人(有限会社、株式会社)は人数に関係なく設立後に強制適用されます。個人事業(常時5人以上の社員を使用した場合)も同様です。

しかし、農業、漁業、飲食業、サービス業は除かれます。さらに、強制適用に対し、任意包括事業所としての個人(営業)であれば、理容、美容業は人数に関係なく、社会保険加入の必要はありません。

 法人の経営者には有利な面と不利な面があり、どちらを優先するかが、従業員への心入れの違いとなると思います。社会保険加入サロンと求人広告に書いてあっても、実際には雇用保険と労災保険だったという話も聞きます。

 雇用保険は従業員が失業したときの場合や、雇用の継続が困難になった場合に必要な給付を行うためのもので、これも強制加入です。労災保険とは労働者が業務上の理由または通勤によって負傷したり、病気に見舞われたり、不幸にも死亡された場合に被災者や遺族を保護するためのものです。詳しくは労務士さんにお聞き下さい。

2・今の売上では絶対に社会保険に加入できないよ

 確かにこの声は耳に響きます。特に大型安売りチェーンによる価格破壊から多くのサロンが音をあげている現状。安い価格でそのまま売れば良いのに、どこからかもってきた価格か知りませんがバッテンを打って、その半額とか3割引はないでしょう。よほど元の金額に自信がないのでしょうね。社会保険完備には従業員1人当たり平均60〜70万円の売上が必要です。それで始めて従業員から社保の負担分を引き、会社の負担分も支払えるというもの。全国の美容室の1カ月の平均売上は40〜50万円とか。従ってほとんどのサロンが社保完備になれない。聞いた話では大手安売りチェーン1人当たりの売上は平均45万円とか。これでは社会保険の支払いは無理です。

3・すぐに辞めてしまう美容師に社会保険なんて入れない

 とにかく美容師の定着率は悪い。知る限りの美容室で平均1.8年位。うっかりすると加入した月に辞められたなんてお話は日常茶飯事。辞めた原因は労使双方にあるのでしょうが、これでは加入も考えてしまいます。

4・社会保険に入るお金があるのなら、給与を下さいという従業員が多い

 前述の理、美容師の給与が年収266万円とすると、1カ月平均で22万円と少し。これから社保を差し引くと20万円そこそこ。今の物価高、家賃高(ネットカフェから通う美容師もいると聞く)、確かに若者にとっては給与が多い方がいい。「病気しません。将来はどうなるか分かりませんから、今の現金の方が大事です」なんて言われたら反論できないオーナーも多いことでしょう。

 むごいのは「どうしても、社保を引くなら、他のサロンへ勤めます」なんて言われたら、「個人契約をしても売上のパーセントに応じて国民年金と国民健康保険は自分で払ってよ」ということになりそうです。

5・顧客を持つ従業員は個人契約(注・業務請負制度)、アシスタントは社員として社保完備という大型美容室も多い。個人契約が70%以上という美容室もあると聞く

6・社会保険に入ったら車も家も買えないよ

 従業員を犠牲にして超高級車、豪邸、豪華ホテルでの食事、歩くたびにチャラチャラお金が落ちる音がする金遣い。「私を目がけてついてこい」とは、テレビから流れてきた安売りチェーンの社長さん。見ていた美容師が言っていましたよ。

 「よく我慢して働いているよな、従業員がさ。あの店のスタッフだろう、いつも地下鉄の入口でチラシ配りをしているのは。かわいそうに彼らはいつ勉強するのかな。技術者の中途採用も多いと聞くけど、チラシ配りで1年中はもったいないよ。だって真っ黒に日焼けするほどやらされてんだぜ。あれで中途者に上の仕事をされたら泣けるよな。あの会社が社保完備にしたら、社長はきっと車も家も買えないぜ」

失われた30年を取り戻す、美容業界の逆襲があってしかるべき

 まず、給与に先立つ売上の確保が先。カットが美容室の主要売上から消えて、デザイン(顧客が気に入るスタイル)が主流。アップ専門店が繁盛する世の中。パーマも勧めれば主要売上になる。しかも、美容室の利用客の年齢は40歳以上が60%を越える。従ってワンストップショッピングが大好き。最近ではビューティ・イン・エステ、あるいはエステ・イン・ビューティーサロンが顧客の要望で広がってきた。カットに精を出す修業から、フェイシャル、ネイル、メイク、ハンド&フットケアとメニューを拡大しなくては稼げない。30年前のサロンはどこでもフェイシャル用の椅子があり、マニキュア用の台があった。

 カットばかりで単一化したメニューになり、しかも1000円カットのような安売り店にしてヤラレ、頭以外はエステに取られ、ヘッドスパまで取られたら、このへんで美容業界の逆襲があって然るべき、業界全体で失われた30年を取り戻し、社保完備ができる売上まで回復して欲しいと切に願います。

※注:業務請負制度=「請負は当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してこれに報酬を与えることを約することによりの効力を生かす」(民法632条)。業界では「鏡貸し」などがこれに当たる。

文/菊島延佶(オフィス キクシマ)

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